スポンサード リンク
2008/04/24 日記<ホンダ・NSX>
ホンダ・NSX
NSX(エヌエスエックス)とは、本田技研工業のミッドシップスポーツカー|スポーツクーペ型乗用車。
概要
を走るNSXホンダの第2期F1参戦を機に「世界に通用するHONDAの顔を持ちたい」との願いから開発された車であり、バブル景気絶頂期の1989年に発表され、翌1990年から2005年までの15年間の長きにわたってフルモデルチェンジを行うことなく製造及び販売がなされた。価格は販売当初は1グレードのみの800万円(オートマチックトランスミッション|AT仕様は60万円高)で、当時の国産乗用車の中では最高額だった。その後、改良や装備の追加 等により徐々に値上がりし、900万-1,300万円台となっていた。販売した15年間、いずれもスポーツカーとしては日本車最高額であった。エンジンは、ホンダ・C型エンジン|C30A型V型6気筒 DOHC VTEC 自然吸気|NA 3,000ccで、マニュアルトランスミッション|MT仕様では国産車工業製品の自主規制|自主規制値であった280馬力|PSを達成している(AT仕様は265PS)。
エンジンを運転席後方で搭載し後輪を駆動する二輪駆動|ミッドシップエンジン・リアドライブ(MR)を採用しているまた当時、市販自動車として他に類を見ない世界初のオールアルミニウム製ボディーを採用した。その特殊性から生産工程は大規模工場で無人ロボットを使った流れ作業ではなく、ほとんどを手作業で行っていた。このような性質と価格帯から、日本車で唯一のスーパーカーとも評され、国内の同じ280PSクラスのスポーツカーのライバル車とは一線を画していた。日本国外では、ホンダブランドの他、ホンダの高級車チャンネルのアキュラブランドからも日本名と同じ「NSX」の名前で販売。元々は北米アキュラ向けの戦略車として開発され、日本でなくアメリカ合衆国|アメリカで開催のモーターショー、シカゴ・オートショーでプロトタイプが発表されたり、日本よりも北米市場で一早く販売開始がなされていた。また、当初の生産枠分も北米向けが大半だった。(日本市場へはその後の増産枠で対応)。生産終了まで半分以上が北米市場向けに造られていた。欧米で2006年から始まる燃費・排ガス環境規制への対応が難しいため、欧州向けは2005年9月末、北米向け・日本国内は同年12月末をもって生産終了となった。なお、後継モデルは、日本では2010年以降に開業が予定されているアキュラブランドからの発売予定が表明されている[http://car.nikkei.co.jp/news/business/index2.cfm?i=2007080605154c0]。
歴史
初代I型 E-NA1(1990年 - 1996年)
1990年に登場。エンジンはC30A型 3,000cc V6 DOHC VTECを搭載している。外観はリトラクタブル・ヘッドライトを採用するなどスタイリッシュに仕立てた。また、通常仕様のクーペから快適装備を外して軽量化を図ったピュアスポーツグレードの「タイプR」も1992年から3年間の期間限定で日本国内販売のみにラインアップされた。1995年にマイナーチェンジし、ドライブ・バイ・ワイヤやAT仕様車にFマチック(ステアリングコラムのスイッチによるマニュアルシフト)が追加された。また、オープントップ (いわゆるタルガトップ)仕様の「タイプT」が追加された。
初代II型 GH-NA2(MT)/GH-NA1(AT)(1997年 - 2000年)
1997年に形式変更を伴うマイナーチェンジで平成12年排出ガス規制に適合。外観上は大きな変更は無いが、MT仕様車のエンジンがC32B型 3,200cc V6 DOHC VTEC(280PS)に変更されたのと同時に、トランスミッションは6速MTとなった。日本国内販売のみ、MT仕様にスポーツグレードの「タイプS」、従来の「タイプR」に相当する「タイプS-Zero」がラインアップに追加された。1999年にはエンジンが低公害化され、平成12年基準排出ガス50%低減の「優−低排出ガス」車に認定された。
初代III型 LA-NA2(MT)/LA-NA1(AT)(2001年 - 2005年)
2001年には外観を中心にビッグマイナーチェンジが施行され、ヘッドライトをリトラクタブル式から異形の固定式に変更した(その理由は、衝突安全性を高めるため)。このマイナーチェンジから半年後に「タイプR」が復活した(そのため、「タイプS-Zero」は廃止)。また、2003年の小変更ではCDチェンジャー(タイプRを除く)及びイモビライザー(全車)が標準装備化されるとともに平成17年排出ガス規制に適合し、形式記号がLA-NA#からABA-NA#に変更されている。2005年2月22日、「NSX type R GT」発表。3月22日までの1か月間限定でSUPER GT参加のホモロゲーション取得用に5台限定で販売を予定していたが、実際に作られたのは1台だけで、その価格は5,000万円であった。ベースの「タイプR」に、炭素繊維|カーボン製エアロバンパーなどの空力パーツを装着し全長全幅を拡大。エンジン(C32B型)、ミッション(6MT)、ダブルウィッシュボーン式サスペンション等の基本性能は変更なし。型式ABA-NA2。
車名の由来
ホンダの新しいスポーツカー、「ニュー」「スポーツカー」と未知数を表す「X」を合成させたNewSportsCarXの略である。1989年のプロトタイプ・モデル発表からしばらくは、NS-Xと、SとXの間にハイフンが入っていたが、1990年の販売開始時にはハイフンが取れて現在の名称となった。
開発経緯
発売から6年半前の1984年、本田技術研究所がホンダ車のトレンドである二輪駆動|FF(フロントエンジン・フロントドライブ)以外の駆動方式の基礎研究を進めていくうち、MR(ミッドシップエンジン・リアドライブ)駆動方式を開発したことから始まる。それを、当時のアメリカ市場からのニーズや、参戦しているフォーミュラ1|F1と量産市販車をつなぐ存在に応える形でのスポーツカー開発へ転化された。開発責任者は、先述のMR駆動方式を開発研究していた上原繁が担当。操縦安定性を専門に研究していた上原の意向でハンドリングに拘ったスポーツカーを目指すことになり、軽量なオールアルミボディーの採用など、革新的な技術が開発・採用されるに至った。開発に当たっては主に欧州のスポーツカー等が比較対象になったが、特にフェラーリのV型8気筒|V8モデル フェラーリ・328GTSを越える走行性能を目指して開発され、当時個体性能差が大きかった328を何台もデータ取りのために購入したと言われている。開発段階からアイルトン・セナや中嶋悟など、当時ホンダがエンジンを供給していたF1チームのドライバーが走行テストに参加。車両をテストした彼らからボディー剛性の低さを指摘されたため、過酷なコースレイアウトで有名なドイツのニュルブルクリンク等で走行テストを繰り返し実施した。当時ニュルブルクリンクでの走行テストは、テスト車両のみを持ち込み走り込むというものが主流である中で、サーキットに程近いミューレンバッハ村にテスト基地を建設。8か月(冬季は封鎖)にわたり走行テストを繰り返すという、異例の姿勢で開発に臨んだ。その結果、当時世界初のオールアルミ製軽量高剛性ボディーが完成した。搭載するエンジンは様々な案が提案され、当初は軽量スポーツカーのパッケージング案から、直列4気筒 2,000ccであった。しかし、社内事情やアメリカ市場を見据えたリサーチなどから、開発最終段階ではホンダ・レジェンドのエンジンをベースにしたV6 SOHC 4バルブ 3,000ccとなった。さらに、当時ホンダ・インテグラ|インテグラ用に開発中だった新機構搭載のDOHC VTECが完成。これまでレーシングカー用でしか成し得なかった自然吸気|NAエンジンで100PS/Lという高出力を、市販車で達成した点 等がユーザーや自動車評論家などに高い評価を受けた。これを受け、急遽DOHC VTEC化の指示が出された。DOHC化によりシリンダーヘッドが大きくなることからホイールベースの延長を余儀なくされたが、エンジンを傾斜させ搭載することにより、30mmの延長で対処できた。NSXはフルモデルチェンジを一度もしていない。元々採算が取れない車であり、ホンダは基本設計の優秀さをマイナーチェンジの繰り返しで熟成する方法を選んだ。ちなみにNSX-Rは2002年当時のニュルブルクリンク・サーキットにおける、日本車の市販無改造車のタイムアタックの記録を更新している。
販売
発表時、バブル景気の真っ只中であった日本では注文が殺到した。当初は注文から納車まで1〜2年待ちは当たり前、最長で6年待ちとも言われるほどの人気を博す。さらに当初一日の生産数25台のほとんどが北米向けで日本国内向けがわずか3台ばかりと、国内の供給がままならない状況だった。この事態に「約半年で納車できるように」と、一日の生産数を倍にする増産体制に入り(年産12,000台まで可能)、増産分の大半を国内向けとした。が、しかしその直後にバブル崩壊。キャンセルが相次ぎ、以降は「見かけるだけでプレミアな車」のイメージが定着してしまった。この事はクルマ好きにはバブルの象徴的な出来事として語り継がれている。販売2年目の1991年を境に減少の一途を辿り、販売開始から10年が経った21世紀以後は国内外合わせても年間100台あまりにまで落ち込む。NSXただ1車種のための工場を建設し、惜しみなく新技術を投入させたNSXは当初から採算の取れる存在ではなかったことを差し引いても、セールス的には失敗と言っても過言ではない。2005年の生産中止発表直前には月間生産数はわずか10台ほど(国内向けはその半分程度)まで落ち込んでいた。それでも完全受注生産であり、手作業で製造されることから納車には2か月〜3か月半を要していた。同年7月の生産中止発表以降は駆け込み需要で注文が殺到し、わずか一週間ほどで生産予定枠の注文数を満たしたことから早々に販売受付を打ち切った。現在、NSXを買えるのは中古車市場のみではあるが、2005年の生産および販売終了前後から高値上昇の人気傾向に入っている。その多くが流通する1990年や1991年型の低年式型の多走行距離車でもAT仕様車を除いて300万円を割らないのが現状である。また、生産数が少ない高年式型にいたっては低走行距離などの程度の良い物だと新車時の値段からそれほど下がっていない。とくに希少なタイプRは顕著である。
生産
1990年のNSX生産開始に合わせて専用生産工場を栃木県塩谷郡高根沢町にホンダ栃木製作所本田技研工業高根沢工場|高根沢工場として建設。以来そこで生産されていたが、2004年4月にホンダの完成車一貫生産構想に基づき、高根沢工場での生産を中止し、三重県鈴鹿市にある鈴鹿製作所の少量車種専用ライン、TDライン(Takumi Dreamライン)へ生産を移管した。2005年の生産終了に伴ってNSXの生産ラインは閉じられた。経年車に対して、車両を生産工場に戻し、新車時の性能や質感を蘇らせるリフレッシュ・プラン (NSX)|リフレッシュ・プランを設けている。大規模メーカー自らが行うものとしては、日本車では唯一のものであり、世界的に見ても極めて希である。なお、生産終了後もこのサービスプランは継続されている。
競合車種
日本国外での競合車種
販売を開始した1990年、開発段階から比較対象にしていたフェラーリのV8モデルは、既に328からフェラーリ・348tb|348にフルモデルチェンジを果たし、NSX登場時のマスコミでの比較はそれとなる。パワーでは劣るものの、日常使用における取り回しの良さや製造クオリティなどが、その後のフェラーリのV8モデルに影響を与えたとも言われている。ポルシェの911|ポルシェ・911もまたNSXにとっては常に競合車種となった。初代NSX-Rが発表された1992年にはポルシェも911をベースにしたカレラRSを発表。互いに街乗りにも使えるラグジュアリー仕様のものと、それをベースにしたサーキット走行向け専用車を生み出したことにより、以後は走行性能の引き合いにおいてはフェラーリよりもポルシェとの対立軸のほうが明確となっていった。
日本国内での競合車種
NSXが販売を開始した1990年の前後は、国産各メーカーから日本国内の自主規制値の最高値である280PSの高性能な2ドアスポーツカーが次々と発売された。価格帯に倍近い開きがあったが、用途とスペックはほぼ同等であったためにライバル視された。直線加速性能はターボチャージャー|ターボエンジンを搭載したトヨタ・スープラ|スープラや日産・スカイライン#GT-Rとは|スカイラインGT-R、公道やタイトコーナー、低μなどの道ではスバル・インプレッサWRX三菱・ランサーエボリューションなどの軽量ハイパワー4WDに及ばなかったものの、高速旋回性能に関してはこれらの中では随一であった。
排ガス規制
2002年夏、国産のライバル車種は日本国内の平成12年排ガス規制をクリアできず次々と生産中止となったが、NSXは1999年にエンジンをLEV化し排ガス規制値をクリアしていたおかげで引き続き生産が可能だった。しかし、15年以上の長期間が経過しており、2006年に欧米で始まる最新の燃費・排ガス環境規制に対応させると採算がとれないことから、2005年限りで生産を終了するに至った。
レース活動 もともとはレース参戦用のホモロゲーションを考慮した車両ではなかったため、1990年の発表当初はレース活動には全く使用されず、エンジンのみが改造され1991年より2年間アメリカの「IMSA」に参戦(ACURA-SPICE SE90CL)し、キャメル プロトタイプレーシングカー|GTP Lightクラスにおいてドライバーズ、マニュファクチャラーズの両タイトルを2年連続で獲得している。1992年のNSX-R投入以後からそれをベース車両として徐々に国内外でレース活動を行うようになる。1993年から2年間ドイツ国内レースの「ADAC GT CUP」(「ドイツツーリングカー選手権|DTM」よりも改造範囲が限定された市販車により近いカテゴリー)に投入してBMWやポルシェらと戦って優勝もするが、日本国外のローカルレースのために日本国内ではそれほど話題にはならなかった。しかし、その車両を改良し1994年から3年間にわたって「ル・マン24時間レース」に参戦した際は、日本人レーシングドライバーも多数登用されたこともあって国内においても話題となった。なお、1994年は全車完走、そして1995年にはGT2クラス優勝、1996年にはGT2クラス3位などめざましい戦績を上げている。1996年からは市販車レース国内最高峰の「全日本GT選手権」(JGTC)に参戦開始。2000年にはGT500クラスで、2004年にはGT300クラスで、年度チャンピオンを獲得している。2005年からのレースの名称が「SUPER GT」に変更以後も参戦を続けている。近年はミッドシップ車に対しての不利なレギュレーションに悩まされて色好い結果は残せていなかったが、最近はコンスタントに優勝を飾るなどして復調の兆しが見え、2007年には再びGT500クラスで年度チャンピオンを獲得した。NSX自体の生産及び販売は2005年で終了されたものの、その後も引き続きSUPER GTにNSXで参戦している。改造範囲が限定された市販車により近い「スーパー耐久」にも参戦している。日本国外においては「ニュルブルクリンク24時間レース」に2003年から毎年参戦している。
カスタマイズ
ボディー…参戦している「SUPER GT」のイメージが強いため、GTマシンレプリカのエアロパーツをまとうパターンが多い。それから、よりスーパーカー然とした格好を目指してフェラーリやランボルギーニのボディースタイルを模倣としたパーツをまとうのも少なくない(例:ガルウィング)。その一方で、ノーマルの流麗とした外観を保つユーザーも多く、好みが分かれるところ。また、後期型のホンダ純正の固定式ライトにフェイスリフトする改造も人気が高い(ただしボディー側を加工しなければならず、後戻りできないうえ、片側だけで25万円と高価であるというリスクがある)。* エンジン…ホンダの真骨頂であるNAを貫き官能的な高回転を求めるパターンと、他のハイパワースポーツカーと同等の性能を手に入れるためにターボ化やスーパーチャージャー化してトルクを太くするパターンに分かれる(前者は主に日本、後者はパワー第一主義のアメリカと、傾向が分かれる)。また、NAチューンでも、3.2LのII型が登場した以降では、3.0LエンジンのI型はそれに載せ替えることでプラス200ccという数値以上に大幅なパワーアップを体感できるという。日本車にしては珍しくスロットル側でパワーを制限しており、大口径スロットル+ECUで20ps、6連スロットル+ECUで40psと、ターボ車のブーストアップ並の効果がある。最近ではアメリカでもScience of Speed(サイエンス・オブ・スピード)等のチューナーから3.8Lキットなども販売されており、パワー、トルクともにNAながらComptech(コンプテック)等の並のスーパーチャージャーを軽く上回っている。ターボキットはアメリカでは多数販売されており、中でもHP Performance(HPパフォーマンス)製のものが信頼性の高さで人気を得ている。そのほかにもCybernation Motorsports(サイバーネーション・モータースポーツ)、Cartech Racing(カーテック・レーシング)、Gerry Johnson(ゲリー・ジョンソン)、Bell Engineering(ベル・エンジニアリング)等多数のチューナーからターボキットが販売されている。信頼性確保のため400PS前後に抑えられるケースが多いが性能重視の700PSを超えるものも存在する。その代表的な例が、NSXチューナーであるLoveFab(ラブ・ファブ)は2007年10月4日に771PS,トルクは76kgmという出力を発揮している。なお、これらの数値は車体をダイナモメーターに載せてリアホイールから計測されているため、エンジン自体の出力は優に800PSを超えている。スーパーチャージャーではComptech(コンプテック)、Basch Boost(バッシュ・ブースト)、GruppeM(グループ・エム)等がある。* その他…NSXは製造されていた15年間一度もフルモデルチェンジがなされていないため、先述のエンジンを含め、脚廻り(ブレーキ関係含む)、外装・内装に至るまでどの時代に製造されたどのグレードの車両でもほとんどの純正部品を共有して付けられる利点がある。そのため、国内でのカスタマイズの最近の傾向としては、カスタマイズを求める多くの初期型ユーザーはアフターメーカーのものではなく、信頼性や適合性に富む最後期型のホンダ純正部品を使って施している。また、ラグジュアリー指向のクーペにスポーツ指向のタイプRやタイプSの専用部品を流用することも定番である。珍しい仕様の一台
ゼロヨンを7秒39で走るツインターボのNSXがアメリカに存在する。通称Adam Saruwatari NSX(アダム・サルワタリNSX)と呼ばれており、リアホイールで1093PS、エンジン自体の出力は1300PSを超えている。徹底した軽量化で重量はわずか800kg台後半に収められており、何と世界唯一のFRレイアウトに改造されたNSXでもある。アメリカのチューニング雑誌、スーパーストリート(Super Street)でも取材されている。
http://www.superstreetonline.com/featuredvehicles/custom_acura_nsx_drag_racing_car/index.html世界に1台だけのパトカー NSXのパトロールカー|パトカーが世界に1台だけ日本の栃木県警察高速道路交通警察隊に存在する。現在配備されている車両は2代目(1999年導入、第2期モデル)である。ちなみに初代は1992年に導入されたが、交通事故|事故により廃車 (自動車)|廃車となっている。2台とも本田技研工業から寄贈された車両で、主に警察関係の式典や啓蒙活動の場で活躍している。DIN規格のオーディオスペースが無いためサイレンアンプ、ストップメーターは助手席に装備されている。2代目の車両は警察車両では珍しく希望ナンバーで「・110」を取得している受賞
1990年のNSXボディ構造が、社団法人自動車技術会の「日本の自動車技術180選」の「車体」部門で「剛性解析により理想的な高剛性設計とした」として選出されている。関連項目 *本田技研工業
上原繁
アキュラ
ホンダ・NSXタイプR
ホンダ・S2000
ホンダ・ビート#軽自動車|ホンダ・ビート
ホンダ・HSC
バブル景気外部リンク
NSX(ホンダ企業サイト)
ホンダ広報発表 本格的スポーツモデルNSXの生産を終了
小説 NSX
TrackBack-Ping-URL:
Copyright (C) 2007 ホンダ・NSXが好き!All Rights Reserved.